桐ノ院整体院

浮気どころか不倫だぞと罵られ隊

世界はむなしく、しかしやさしい

気が付けば約1年ブログを書いていなかった。

私が長い文章を書くときは、何か熱量が爆発していてよほど伝えたいことがあるか、不安定になったり惑う出来事があって気持ちを整理したい時なので、つまりこの1年は精神が安定していたということなのだろう。

こう書くと、嘘でしょ、と総ツッコミを受けるかもしれない。2020年度のNEWS担の精神が安定していたわけがない。

 

実際、あの6月にーーNEWSが突然4人から3人になった頃にーー2回だけ少し長い文章を書いた。さすがに何も触れないではいられず、しかしブログにできるほど感情の整理がついていなかったので、ふせったーのフォロワー限定公開という形で投稿した。

まとまった文章にできるくらい消化できる日がきたらブログにしよう、と当時は思っていたが、日々が過ぎていくうちに、あえて書き記すことではないなと思えてきて今に至る。今はもうだいぶ明確に自分の思いを形にできるのだけれど、おそらくこの先も特に言及することはないだろう。

私のカバーし得る範囲の世界線でもし交わることがあれば姿を見ることもあるかもしれないし、それで何か感じたことがあれば書くこともあるかもしれない。消化した今言えることはそのくらいだ。

 

さて、一方で。あの混乱の最中にあっても、私がNEWSを思う精神はかなり安定していたのも確かなのである。

なぜならNEWSの3人の姿と、それを取り巻く人々が、めちゃくちゃに信頼できて安心できるものだったから。

私たちを前へ前へと連れて行ってくれたから。

 

人数が減ったときすぐさま「3人で続けていく」と発表があった。表情は固く辛そうではあったけれど、不思議と心配や不安な気持ちは起こらなかったのを覚えている。

疫病が蔓延するこの世の中で様々な制限が課せられているにも関わらず、NEWSはその日から休む間もなく新しい姿を発信し続けてくれた。その姿を追いかけるだけで忙しく、なにより発信されるものがあまりにも心のこもった素晴らしいものばかりだったから、少なくとも私は寂しい思いをしたり惑ったりしている暇すらなかったように思う。

迷子になってベソをかいていたところにNEWSが現れて、大丈夫こっちだよ、一緒に行こう!って手を引っ張られてぐんぐん走っているうちに、気付いたらすごく明るくて温かい場所に出ていた、そんな半年間だった。

 

後ろを振り向く暇もなく走ってこられたのは、NEWSの3人が強い決意と誠実な心を持って私たちと向き合ってくれたからに他ならない。それと同時に、ただ走るだけではなく安心して、幸せな気持ちで走ることができた大きな要因は「NEWSってものすごく愛されているんだな」ということがはっきりとわかったからだ。

 

どれだけ本人たちやファンが活動を続けたいと願っても、場が与えられなければ前へ進むことはなかなか難しい。ところがNEWSの周りの人たちは、次々と3人に仕事を持ってきた。オンラインファンミーティング、音楽番組の出演、新曲の作成、Blu-ray発売、数々の雑誌掲載、エトセトラ、エトセトラ。

NEWS本人たちや私たちが強く思っていたのと同じくらい、NEWSを取り巻くスタッフ、今まで関わってきた仕事関係者の方々が「絶対にNEWSを諦めない」とがむしゃらに動いているように私には見えた。

2年前、LVEを初めて聴いたときも同じような気持ちになったことを思い出す。あの時私は、NEWSというプロジェクトに関わっている人々の反骨心とNEWSへの絶大な愛を感じて震えた。なんの証明もできない、ただの私の主観でしかないけれど、少なくとも私はそう受け止めた。今回もあの時と変わらず、強い意志と、泥をかき分けるようなパワー、そして穏やかに包み込むやさしさを感じるばかりだった。

 

NEWSは愛されている。今まで一緒に仕事をしてきた、NEWSを近くでよく見てきた方々に、これからもNEWSと仕事をしたいと思ってもらえて、そのために力を尽くしてもらえている。

そのことが明確に伝わってきたから、この半年間、不安だったり心をかき乱されることなく、ただただ新生NEWSが見せてくれるものを幸せに受け取ってこられたのだ。

 

 

*

先日、小山さんと加藤さんが、新型コロナウィルスに感染した。新曲のプロモーション、加藤さんの小説の新刊発売などのタイミングで、今年1年の中でもひときわ忙しくしていたところだった。第3波と言われる感染者増の状況で、もはや誰もがいつ感染してもおかしくない中、多忙なふたりがどれだけ毎日気を配っていたか察するに余りある。それでも感染してしまう。いま我々が直面しているのはそういう世界だ。

 

Twitterでその報を見かけた瞬間にヒュッと呼吸が浅くなり、タイムラインをスクロールする指先が冷たく震えた。動揺していたのだろう。ここで普段ならやらないことをしてしまった。

個人名だったか、「コヤシゲ」だったか。もう覚えていないけれど、トレンドに名前が入っていたのを、情報を得ようとして思わずクリックしてしまったのだ。

パッ、といちばん上に出てきたのは、かつて何度か見かけたことのある有名なアカウントだった。芸能ネタをメインに、悪意をもって揶揄するツイートを巻き散らかしているもの。さすがというかなんというか、例にもれず、この件についても悪意100%で茶化すようなコメントをしていた。

あちゃ〜〜〜失敗した、と頭を抱えた。久々に悪意に触れてしまった。ブロックしていなかった自分を呪った。

 

そうだった、思い出した。世界にはこういう側面があるのだ。

「NEWSって愛されてるなあ」と幸せな気持ちでいたこの半年間も、その前も、もうずっと長いこと悪意が渦巻く場所が存在していることは、もちろんよくわかっていた。だけどそんな存在よりずっと確かでデカくて暖かい愛の場所を知っていたから気にしてなかった。なのでけっこう本気で忘れかけていた。

 

いや、忘れていた、というのは語弊がある。正直に言えば「Twitterのタイムラインで度々、悪意が存在することを思い出していたが、自ら踏んでしまったのは久々だった」というのが正確なところである。

今回も私は、うっかり検索で現れてしまったその1ツイートしか悪意に触れていない。検索は二度としないし、ヤフコメも見ないし、フォロワーさんはNEWS担か否かに関わらずあたたかい人たちしかいないので、皆ふたりを心配し回復を祈ってくれていた。だけど同時にNEWS担のフォロワーさんたちがちらほらと怒り嘆き悲しむ様子も流れてきた。それを見て私は、ああ、またどこかで誰かが悪意を振り撒いていたのだろうな、それを見て優しい人たちが傷付いているのだな、と察する。悪意の存在をそうして思い出してしまう。

 

*

私たちは知っている。私たちの大切な人たちが、どれだけ酷いことを言われてきたかを。何をしても、何を言っても、一部の人たちの目を通したら全てバカにされ、中傷され、人格を否定される言葉を投げつけられ、その言葉はインターネットの海に漂い続ける。

私たちは知っているので、そのうち、漂うその言葉たちを直接見なくても想像してしまえるようになる。好きな人が何かを発言したとき、本当は楽しいトークのはずなのに、「あの悪意の人たちはこれをこう解釈してこう攻撃してくるに違いない」と先回りで想像して苦しんでしまう。悲しいことにその想像はだいたい合っていたりするので、「やっぱりまた悪意に攻撃されてしまった!」と絶望してしまう。

 

だけどその不安は、悲しみは、口に出してしまうと、はからずも「悪意」の存在を強調してしまうような気がしてならない。きっとまたあること無いこと言われてるんだ!と嘆くことで、そっか、あること無いこと言われてるんだこの人達は。と教えてしまう。そうして興味本位で悪意の存在にたどり着いた善意の人が、悪意に感化されてしまうことも、なくはないのだ。

私はずっとその、負の感情の循環のようなものが苦手だった。悪意の存在に嘆き憤るムーブが定期的に訪れるのが寂しかった。だって、本人たちはあんなに楽しそうにしていて、幸せを与えようとしてくれているのに。外野のことで負の感情にとらわれるのは寂しすぎる。

 

では黙って無視して泣き寝入りしろということか、 そんなことしているうちに悪意が届き続けて彼らを傷付けてもいいのか。と言われるかもしれないがそんなわけはない。度の過ぎた誹謗中傷があった時にはしかるべき場でしかるべき制裁が加わるよう声をあげるつもりだ。だけど結局それまでにできることは、粛々と通報を続けることくらいしかないのかと思う。とはいえ悪意撒き散らしアカウントには万単位のフォロワーがいるものも少なくないので、実際は通報したところで特にダメージを与えることはできない、という現実もある。我々は無力だなぁと落ち込んだりもする。

 

*

ただ、同時に「こんな悪意なんて、取るに足らない存在なのでは?」と思う気持ちも湧き上がってくるのだ。

前半、NEWSは本当に周囲から愛されている、ということを書いてきたが、小山さんと加藤さんが新型コロナウィルスに罹患したことで、よりその愛が明確に見えるようになった。

 

FNS歌謡祭ではNEWSがトリの予定だったという。その時点で既にNEWSへの愛が溢れすぎているが、出られなくなったNEWSの代わりにジャニーズの皆でNEWSの曲を歌ってくれた。ただ出演をとりやめる、なかったことにするのではなく、番組全体でNEWSへメッセージを送ってくれた。

増田さんの番組、シゲちゃんの本の出版社、小山さんを取材した雑誌、3人と関わってきたスタッフさん、作家さん、タレントさん、俳優さん、ものすごくたくさんの人が、ものすごくやさしい言葉を、エールをNEWSに送ってくれた。

 

NEWSのことを直接知っている、実際に一緒に仕事をしてきている人達がこんなにも3人を愛してくれている。どこの誰だか素性がわからない人がインターネットで彼らを貶す言葉よりも、確かな存在の方々の確かな言葉のほうが、ずっとずっと重要なのではないか。親しい人たちと、そして私たちからの愛が確かなものであることはきっと本人たちにも届いているはずで、もしかしたらそれだけでいいのではないだろうか。遠くの悪意の存在が彼らに悪影響なのではと考えてしまうことは、杞憂なのかもしれない、とすら思った。そのくらい大量の愛と気遣いを、私はこの2週間見た気がする。

彼らはやさしく、そしてそんな彼らの周りにはやさしい人たちであふれている。そして我々もその「やさしい人たち」の一員なのだ。

 

 

*

好き勝手に悪意を振りまくような人々には、その因果が巡ってほしいと思ってしまう。ネットで誹謗中傷するような人なんて、きっと友達がいなくて寂しい奴らだよ、と思いたくもなる。

だけど世界は案外そうでもなくて、そういう人も実際に周囲の人からは愛されていたりするものだ。NEWSが周りから愛されているのと同じように。

普通に友達がいて、普通に良い人で、まさかインターネットで人の悪口ばかり書いてるなんて誰も思わなかったりするのだ。もしかしたら私が大好きで慕っている友人がそういうことをしているかもしれない。

私は人を傷付けたくないと思って生きてはきたが、とても褒められるような人生ではないし、意識的でも無意識でも、誰かに対して不誠実なことや酷いことをしてしまったことはたくさんある。たくさんのやさしい人に囲まれ愛してもらっている自覚がある一方で、私のことをとても嫌いという人も少なからずいるだろう。こんな一般人の弱小アカウントですら、ごくごく稀に悪意に満ちたマシュマロが届いたりするのだから、私の数億倍たくさんの人に愛されているNEWSは、どうしても悪意の存在も多くなってしまうのだろう。そんな質量保存の法則みたいなものいらないよ、と嫌になってしまうけど、この世界というのは、おそらくそういうふうにできている。

 

世の中はかくもむなしい。人間全員が善人で愛しか持たず平和に生きていっているわけではない。誰にでも、私にも、NEWSの中にも、善だけではない何かが存在し、それが何らかの形で発露してしまって誹謗中傷アカウントのような振る舞いをする可能性だってある。自分の親しいなにかに不祥事があった時「そんなことをする人だとは思わなかった」「見る目がなかった」と嘆く言葉がでてしまいがちだが、誰だって「そんなことをする」可能性があるのだ。

だけど同時に、そうやって人を信じることは、人間のもつ「善」のひとつだとも思う。信じることはやさしさだ。

 

 

NEWSはやさしい。それはNEWSが、自分たちを、自分たちの愛するものを信じているからだ。そんなNEWSを取り巻く人々は、NEWSのことを信じているから、やっぱりやさしい。そういう人たちを見ている私たちも、やさしくなれる。

そのようにお互いのやさしさが干渉しあうことで、善だとか、愛だとか、そういうエネルギーの方が自分の中で大きくなって、心の中の「悪」の存在が薄くなっていく。やさしさが増えていく。

 

 

こやまさんとシゲちゃんが回復した、というニュースを聞いて、泣いてしまった。

ふたりの熱が上がったと聞いたときには自分の身がズタズタになるくらい辛かった。子供のいない私は母性と言うものを知らないが、きっとこれはそういう気持ちに近いのかもしれない、と思った。掛け値なしに、自分の存在以上に、心から愛しく愛しく思う人たち。私がNEWSを思う気持ちって本当にやさしいな。私はこのやさしさを知ってる私のことが好きだな、とうれしくなった。

 

このむなしい世の中で、こんなにもやさしくなれる方法を教えてくれたやさしいNEWSに出会えたことがうれしい。

 

こやまさん、シゲちゃん、おかえりなさい。

増田さん、私たちに寄り添ってくれてありがとう。

 

 

これからもNEWSと共に、やさしい気持ちで。

オッケーよなんて強がりばかりを僕も言いながら

2019年が今日で終わる。

今年は恋愛感情にふりまわされた1年だった。夫と出会って13年。結婚して6年。相変わらず仲良く暮らしているので、まさか自分がこの年になって恋とか愛だのいう感情を抱えることになるとは夢にも思わなかった。それも、話すことも触れることも出来ない相手に対して。

 

ガチ恋なんて人に話せるような感情ではなく、ただ暗く卑屈なものでしかないので、私は好きな人について公に書くことは1年間避けてきた。今後もこのスタンスは変わらない。

だけど今はなんとなく、今年1年自分の心を騒がせた感情について、今年のうちに書いておきたいな、という気分だ。あくまで自分の心を整理するため、そして「M-1敗者復活戦」という素晴らしい現場に参加できたことを忘れないため、少しだけ記しておくことにする。

 

2019年12月22日。私はM-1の敗者復活戦の会場にいた。

 

前置きとなる経緯とその時の心境については、前夜にふせったーにて記したのでそちらを貼っておく。

 

六本木ヒルズアリーナに到着すると既に開場を待つ観客でごった返していた。私のチケットの整理番号は300番代。列整理の様子を見ると800番くらいまであるようだ。今年の敗者復活戦は決勝進出経験者も複数おり、強者だらけの顔ぶれだったせいか20000人以上の応募があったという。その中の貴重な1枚が自分の手元にきた意味をかみしめる。

 

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敗者復活戦は本当に素晴らしかった。司会の陣内さんと新川優愛ちゃん、ゲストのNON STYLE石田さんとトレンディエンジェルの2人、そして前説とCMつなぎのイシバシハザマが寒いなか凄く盛り上げてくれて、なにより16組全ての芸人さんのネタが面白くて、あっという間の時間だった。

 

この真剣勝負を見届けるからには、お笑いファンとして真剣に各組のネタを評価しようと決めていたし実際そのようにしたが、それはそれとしてやはり好きな人がどうしても勝ち上がりますように、と祈っていたことは否めない。

前述のふせったーに書いた通り、今年の和牛のネタは決勝で2本セットで披露したいものだと私は読んでいて、そうすると敗者復活戦はその2本を外してくると踏んでいた。しかし、今年の和牛の持ち弾で「これをやれば確実に勝てる」と思えるものがその2本以外に想像つかないのが正直なところだった。いや、他のネタが面白くないとかそういうわけではなく、「確実に勝てる」なんて普通はありえないのだ。だけどそう思えるくらい、その2本の完成度が高かった、少なくとも私の感性においては。なので敗者復活戦に何のネタを選ぶのかが全く未知数で不安だった。

 

はたして、4組めに出てきた和牛が始めたネタは、その2本のうちの1本ーー「内見」だった。ふたりが内件ネタに入った瞬間に、私は「あ、これは決勝行ける」と確信した。勝ち上がるためのネタを選んだんだな、と。

敗者復活戦は生放送されているから、決勝にあがれたとしてもこれを2度は繰り返さないだろう。そうなると本来決勝2本目でやるはずだったネタを1本目にやるだろう。そしたらきっと最終決戦に残れるから、さて、そのときは何をやるかな?

ーーこの時点でここまで脳内シミュレーションするくらいには客席で手応えを感じていた。アドリブ一切なし、計算され尽くした4分間。これで勝てなければ今年はそういう年だったんだな、仕方ないな、と納得できる……なんて思いながら彼らを見つめた。

 

全組が終わって、本放送までの間にネットで敗者復活戦をテレビで見た人の感想をサーチする。確信はさらに深まり、強い気持ちで結果発表の会場へと戻る。

 

今年はえみくじで「敗者復活」枠が出るまで、誰が勝ち上がったのか発表されない。そのため本放送を会場のモニターで見ながら、いつでるともわからない「敗者復活」のくじを待つというシステムだった。舞台上には敗者復活戦を戦った16組の芸人たち。客席の私たちと一緒に、モニターで放送の様子を見守る。

これは私がガチ恋だからだろうが、この時間がなんだか、涙が出るほど幸せだった。大好きな芸人たちとーー大好きな人とーーまるで居間でひとつのテレビを見ているみたいな感覚。私が笑うタイミングで好きな人も笑い、放送を楽しみながらも、どこか敗者復活枠のことが気になって緊張しているのもきっと同じで、なんだか少しだけ仲間になれたような、心の距離が近付いたような……そんな甘い胸の痛みを感じていた。

 

その時は思いの外早く訪れた。出番順にして3番目。えみくじで「敗者復活」枠が出た。

 

雨の降る極寒の屋外の空気が一瞬にして沸騰した。歓声、悲鳴、静寂。そして、彼らのエントリーナンバーが呼ばれる。まわりの芸人が彼らを抱きしめる。観客にもみくちゃにされながら、彼らが、私が恋をしている人が、テレビの中へと向かって走る。残された、敗退した芸人さんたちが、頑張れ! 優勝してこい! と叫ぶ。私たちも願う。ああどうか、この人たちのぶんも、あなたが、と。お客さん! さあみんなで! ここにいるみんなで一緒に! 和牛を応援しましょう! と陣内さんが呼びかけ、興奮の渦のなか芸人も観客もひとつのモニターを眺めた。

私はこの一連の風景を生涯忘れないだろう。忘れないために今ここに書いている。まるで美しい映画を見ているような数分だった。そのまま、まるで美しい映画のような、彼らの漫才がはじまった。

「内見」だった。

 

今までずっとネタを変えてきた彼らが、敗者復活戦と同じその1本を選んだことに少しだけ驚き、同時に納得しかなくて、泣きそうになった。

やはりこの人たちは、2本をセットで披露することを選んだのだ。勝利のためか美学のためか、きっとそのいずれでもある気がする。

「内見」は、決勝戦で披露された通り、引っ越しの家選びで色々な部屋を内見に行く、という漫才だ。

そして、最終決戦に残れたら見られたであろうもう1本のネタは「引っ越し」。

内見からの引っ越し、という、続きもののようなネタだったのだ。

 

 

内見は、不動産業者である水田さんに川西さんが翻弄されながら突っ込んでいく。前半は、見る部屋見る部屋全て先住民がいる、という流れで、ショートコントが4回繰り返されるような構成だ。その区切りごと(各物件ごと)に「おじゃましました~」という共通のセリフで場面が転換する。「おじゃましました」というセリフは共通だが、水田さんだけが言う→ふたりとも言う→川西さんが水田さんに言う、という風に状況は変わりストーリーも進んでいく。その都度、マイクを挟んで舞台を縦に使う動きも新しい。

後半は変な物件を見てハードルが下がりきった川西さんが「人が住んでいない」ただその一点で、とんでもない事故物件を気に入り「いいね!」と褒め出す。ツッコミがボケへと変化する面白味。そして金縛りに合うという設定で動きがなくなるオチへの向かいかたは昨年の「ゾンビ」も彷彿とさせるような緩急のある笑いだ。

 

「引っ越し」も引っ越し業者である水田さんの奔放な提案に川西さんが翻弄される……という導入から始まるが、ストーリーが進むに従い前半の水田さんのボケが全て川西さんによって回収されていき笑いを生み出す。構造としては2017年M-1で披露した「ウエディングプランナー」によく似ている。だが「ウエディングプランナー」後半の「ツッコミである川西さんが巻き込まれた結果ボケるしかなくなる」という構図から更に進化して、引っ越しは「巻き込まれた川西さんがむしろ積極的にボケへ加担していく」という新しさがあった。オチに向かってはもはやボケ2人で畳み掛けていくようで、見終わった後はひとつのショーを見たような爽快な余韻が残る。

私は今まで一番完成度が高かったネタはウエディングプランナーだと思っていたのだけど、「引っ越し」を見た時に「また過去の自分を越えてきた……」と震えた。そして「内見」→「引っ越し」という順番でネタを披露すること、きっとそこに勝機があるのだと感じた。

 

ごく個人的な感覚だが、M-1で3位までに残ってネタを2本披露した場合、「1本めのネタの方が印象に残っている」というケースが非常に多い。まず1本目で上位3位に入らなければならないのだから当然一番強いネタを1つめに披露することになる、という理由もあるだろうし、漫才のスタイルが決まっているコンビは2本目で「同じパターンか」と思われてしまう、という理由もあるだろう。

もし今回和牛が「内見」「引っ越し」の順に2本ネタを披露できたら、まず「ひとつづきのようなテーマ」の2本目がはじまったことに視聴者は驚くだろう。私がもし何も予備知識なくフラットな気持ちでただM-1を見ていたら間違いなく「なんてオシャレなことしてくるんだこの人たち!」って震えると思う。

そしてどちらかといえば淡々とした職人技のような笑いの「内見」とくらべて、「引っ越し」は動きも熱量も大きく、よりわかりやすく勢いのある内容である。そのギャップ、ひと続きの2本目で更に笑いどころが増えること、あらゆることがアドバンテージになって高得点が狙えるのでは、と私は考えていた。ただそれにはいぶし銀のようなあの「内見」で、3位以内に入らねばならないのだった。

今年の強力な面子に加えて、3番目という早い出番順。敗者復活戦は勝利を確信していたが、これは五分五分だなと思っていた。あとはもう祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

脱落が決まったとき、CM中にもう1本やるんでそれ見て決めてもらってもいいですか?とボケた水田さん。のちのラジオやテレビで、やりたいことやれたから悔いはない、まあ欲を言えば2本やりたかったかな、と笑っていたふたり。

M-1が終わっても漫才師の日々は終わらない。翌日の寄席でふたりが選んだネタは「引っ越し」だった。ライブに行っていたファンの方が「昨夜の続きを見ているようだった。やりたかったことをやれて、これで本当にM-1が終わったように感じた」と呟いていて、私もなんだか救われたような気がした。

 

 

 

M-1という賞レースそのものが、本来は10年目までの若手のためのものだった。今年の顔ぶれを見てあの大会の役割が本来のものに戻りつつあるのかもしれない、と感じた。もうすでに漫才師として十分評価されていて、タレントとしても寝る間がないほど売れている彼らの居場所は、もうM-1にはなくなったのかもなあと思う。

ただただ、恋する人が「冠」をとるところを、私が見たかっただけだった。売れることよりもテレビよりもなによりも、漫才が好きで漫才のことばかり考えている人に、No.1漫才師という肩書きが与えられることを祈っていた。

 

でも、M-1後に見た彼らは、ラジオもテレビも舞台も全部すっきりとした顔で、いつも通り面白くて、楽しそうに笑っていて。私のエゴなんかどうでもよくなってしまった。

好きな人がひとつの仕事をやり遂げたこと。これからまた新しい芸人人生を進んでいくこと。片思いだからそれを見ていることしかできないのは相変わらず辛いけど、せめて見るだけでもしていたい。

28日、今年の舞台納めで彼らを見に行った。泣くほど面白い舞台だった。私の恋している人は、本当に面白い。

 

ガチ恋のことは忘れてお笑いファンとして真剣にM-1と向き合った結果、好きな人のことを芸人として何十倍も好きになったし、うっかりガチ恋も更に加速して息も絶え絶えなんだけれど、まあそれは私が耐えるしかない苦しみなので、なんとかします。

 

 

なんで急に好きな人のことを書こうと思ったのかな。ガチ恋同担拒否だから、彼の魅力なんて絶対人に言いたくなかったしこの感情は私だけのものにしたかったのに。でもなんだか、好きな人が世界から認められてほしい、そういう気持ちも確かにあったんだ。それだけ。

 

 

 

私は、2020年も、「漫才の概念のカタチそのもの」である人に、届かない恋心を抱えて生きていく。

 

オッケーよなんて強がりばかりを僕も言いながら

本当は思ってる 心にいつか安らぐときは来るか?と

小沢健二/さよならなんて云えないよ)

 

 

3週間くらいのこと

Twitterのアカウントを作ってから約10年、24時間以上ツイートの間隔が開いた日は片手で収まるほどしかなかった。10年間同じアカウントで、増え続ける好きな人や趣味のこと、食べたものや見たテレビ、なにもかもごちゃ混ぜにして日常を垂れ流し続けてきた。ごちゃ混ぜなジャンルの人が集まるのでいつしかフォロワーはちょっとした企業の社員数くらいに増えたが、私が好きなものだけ集めた私のTwitterランドは、私にとってどんどん楽しいコンテンツに成長するばかりで、多分死ぬまでずっとTwitterやってんだろうな、という気すらしていた。

 

そんな自分が、1週間Twitterのアカウントを消した。私のマシュマロ(匿名メッセージサービス)には「SNSに疲れてしまった」という相談がよく来るので、もしかしたらフォロワーさんの中には、私が消えた理由をそうとらえた人もいたかもしれない。

実際はむしろ逆というか「Twitterが楽しすぎるのでいったん離れた」と言ったほうが正確である。SNSというか、シンプルに人生そのものに疲れていたのだ。

 

10月中旬頃から、NEWSもお笑いも仕事も全然関係ないところでメンタルを削られていた。まあ端的に言えば金銭的な問題で追い込まれていたのである。と言ってもこのブログで

限界遠征記 を書いた時ほど物理的な窮地に立たされているわけではない。無職だったこの頃と比べて収入は(少ないながら)安定している。しかし、諸々の事情で「趣味や交際にかかる費用を一切絶ちきらねばならない」という精神状態に陥っていたのだった。

もともと削れるものは極力削ってきた。化粧品は全てプチプラだし服はコンサートの時に1着買い足すくらいで、普段は友人が捨てようとしてるものをもらってきて何年も着ている。毎月、各種支払いで残るわずかなお金を、趣味を含めた交際費に当てていた。

それを全て無くさねばならない、と思った。

まずは「11月は誰とも会わない(飲み会に参加しない)」と決めた。そして外の飲み会だけでなく、家で飲むのもやめた。私も夫も毎晩飲むので酒は家計で購入しているが、飲まない分だけは生活費の負担を減らしてもらおうという思惑ゆえである。酒を飲まないなら飯も特に必要ないので、夕飯そのものをなくした。

仕事から帰ると20時半過ぎ。今まではそこからダラダラ食べて飲んで深夜2時過ぎまでテレビを見て過ごしていたが、飲まないし食べないならリビング(テレビも食卓も全てここにある)にいる気も起きない。私は酒を飲むと眠くなるどころかどんどん元気が出ていつまでも起きていられるのだが、飲まないと普通に眠くなって毎日22時には寝るようになった。22時に寝て7時に起きて仕事に行き、20時半に帰宅し風呂に入り22時に寝る。毎日がこの繰り返しとなった。

Twitterをフォローしてくれている方はご存知の通り、私は24時間ほぼいつでもTwitterに住んでいて「いつ寝てるんですか」と定期的に突っ込まれていたし実際平日はあまり寝ていなかったのだが、1日9時間寝るようになったのでこりゃ健康にいいや、と最初は思っていた。

が、健康にいいどころか、みるみるうちに弱っていってしまったのである。

夕飯を食べないことそれ自体はさほど苦痛ではないし、たっぷりの睡眠で肉体的には元気なはずなのに、疲れがとれない。寝ても寝ても眠い。というか何も見る気になれず何も楽しいこともなく、起きていても楽しくないから寝るしかなかった。

朝の通勤時間と就寝前のわずかな時間だけTwitterをのぞくが、テレビも見ていないし情報も追っていないので気持ちのエンジンがかかるまでに時間がかかる。それでもタイムラインを眺めていると、私の好きなフォロワーさんたちがそれぞれの好きなものについて楽しそうに発信していて、心を動かされたりもした。ああ、美味しそうなお店だな行ってみたいな、素敵な場所だな行ってみたいな、NEWSのことをみんなで語りたいな、オタクと遊びたいな。

そうして心が動かされる度「いや、今月誰とも会わないって決めたんだった」と思い出す。私は楽しいことを発見したらそれを直接見に行きたくなり、共有できる友人と会いたくなってしまう。だけど交際費を減らしたいなら人と会うのをやめるしかないのだ。

会いたくなってしまうからTwitterを見ることも減らした。心は更に死んでいった。

 

ある日、既に布団に入った状態で、少しだけTwitterを見るとタイムラインが大盛り上がりだった。22時半頃だっただろうか。遡ってみたら、その日はバラいろダンディに小山さんが出演する日で、その後ダウンタウンDXにも出ていたのだった。ちょうどDXが放送されている時間だった。

全く知らなかった。なんならDXに出ること自体知らなかった。

 

なんだか猛烈に悲しくなってしまって、もうだめだ、と思った。きっとオタク友達の誰かが録画の救済をしてくれるだろうことはわかっている。だけどそういうことではなかった。ただただ悲しくて、情けなくて、虚しくて、折れてしまった。

10月後半からその日までで、飲み会の誘いを既に5つ断っていたのも更に追い討ちをかけた。

ちょっといったん、私は、私の欲望から、物理的に距離を置こう。自担のテレビ出演を見逃して絶望したり、会いたい人からの誘いを断らなくてもすむように、ひとりで、誰とも関わらず、ただ仕事へ行って寝るだけの毎日を過ごそう。

 

そう思ってアカウントを消した。ちょうどアカウントを消した頃、ずっと待っていたNEWSの新曲について発表されたようだったが、その時はもちろんそれにも気付いていなかった。

 

 

アカウントを消してから何をしていたかというと、仕事とマリオカートドラクエと睡眠。以上である。幸い、ゲームに課金するタイプではないので無料で遊べて誰とも関わらずにすむアプリゲームは今の自分にうってつけだった。

休みの日、ドラクエの千葉県限定モンスターを倒すために近所の公園へ行くと、同じようにゲームをしながらウロウロしてる人たちがたくさんいて、ああ、多分これが「当たり前」の生活に慣れれば、どうってことないのかもしれないなぁ、とぼんやり思う。こうして晴れた日に歩いて公園にきて、自転車の練習をする子供の声や犬の散歩をさせてるおじさんを眺めながらゲームをして、帰って納豆ごはんを食べて寝る。そんな毎日も悪くない。今まで楽しいことは散々やってきたんだから、これからはもう余生だと思ってエコに暮らしていけばいいじゃないか。

 

そんな悟りというか完全に諦めの境地、みたいなゾーンに突入した頃、母から1通のLINEがきた。

「嵐が式典で歌った曲の楽譜がほしい、売ってないのかな?」

???

……本気でなんのことだかわからなかった。なにしろ2週間テレビのリモコンを触っていない。ここしばらくはドラクエマリオカート攻略サイト以外インターネットも見ていない。頭の中をハテナでいっぱいにしながら話を聞くと、週末に天皇陛下即位のパレードがありそこで嵐が歌を披露したとのことだった。確かに嵐がそのような大役に選ばれたのは知っていた、が、もう終わってたのか!!? 

衝撃を受けながらも母のために嵐の曲について調べてみると、式典参加者に配られたというメロディラインの楽譜と、耳コピで楽譜を起こしてピアノ演奏している方の動画が見つかったのでひとまずそれを送る。

 

いくら余生とはいえそんな日本の大イベントすら気付かないなんて、今の私は生きていると言えるのか? 生きている意味があるのか??

なんだかもうよくわからなくなってしまって、母に送ったままのYouTubeの画面をボーっと見ていたら、演奏動画を閲覧した影響でオススメ欄にピアノ系の動画がいくつかサジェストされていた。あぁ、そうだ、こういう時はピアノだ……、と、その中のひとつを何気なくクリックした。

実家がピアノ教室だったので、私はピアノの音を聞くと無心になれる。母のお腹の中にいた時からずっと日常の中にあった音。特にめちゃめちゃクラシックが大好き!感動する!というわけではなく、単純に「無」になれる、それが私にとってのピアノ曲である。

 

YouTubeには「弾いてみた」系の動画がたくさんあがっていた。なるほど、昔はニコニコ動画だったものが今はYouTuberに移行してるんだなぁ。まらしぃさんとか懐かしいな~などと思いながらいくつかを無心で聞いていく。

すると、ある動画にたどり着いた。何百万回も再生されているものなので有名な動画なのだろうが、YouTube界隈に疎いので完全に初見だった。詳細は省くがそれは青年がストリートピアノを演奏しているものだった。

再生してみると、青年が楽しそうに、本当に楽しそうにピアノを弾いている姿に一瞬で心を奪われた。見終わって、もう一度再生して、また再生して、何度も何度も繰り返しては、嬉しそうで楽しそうな笑顔と音に、見てるこちらもずっと笑顔になってしまう。気がついたらその青年のupしている動画を過去のものからひたすら見続けていて、朝の6時になっていた。

 

久しぶりに1時間しか寝ないで会社へ行き、眼精疲労と寝不足でズキズキする頭を抱えながらも、1日9時間寝ていた10月後半からの日々の中でその日が一番元気でいられたように思う。その日の夜も、そのまた翌日も、ずっと彼と、彼に関連している演奏家さんの動画を見続けた。睡眠時間はどんどん奪われ、タブレットの充電と体力もどんどん奪われていったが、心はみるみる元気になっていくのが自分でもはっきりとわかった。カラカラだった植木鉢に水をやった時みたいな感覚だった。

いつか彼の演奏会があったら絶対行こう、そのためには情報が必要だよね。と、彼のTwitterをフォローしようとして、そっか私Twitter消してたんだった、と思い出して笑ってしまった。現場へ行きたい気持ちを封じるためにTwitterをやめたのに、結局行きたい現場が増えてしまった。まったく私は、生きてるだけでコスパが悪い。

でも、もう大丈夫だ、戻れる、と思った。

 

私はやっぱり、なにかを好き!って気持ちを捨てることなんてできないのだ。

なんのとりえも才能もないけれど、この世のたくさんの人や物を愛せること、愛すべき人を見つけることが私の唯一の長所なのだから、その気持ちを抑えようとしたら生きていけないのだ。そのことが本当によくわかった。

 

禁欲生活は続けている。11月はこのまま飲み会を断るつもりだし、今後も今までより外出は控えるだろう。だけど金銭面以外の欲望は、抑えこまなくてももうコントロールできるような気がする。今までは愛の量だけお金もかかった。お金を使わないためには愛を封じるしかなかった。それが全てを絶った3週間を経て、愛と欲望と出費のバランスを穏やかな心で考えられるようになったのかもしれない。

 

ちょっと精神的に追い込まれ過ぎてて、生きてるだけでハッピー!毎日楽しいサイコーナイスゥ~!!ってテンションでいられなくなってた自分がしんどかったのだけど、よーくわかった!! お金がなくてあまり現場に行けなくてもオタクになかなか会えなくても、やっぱり私は生きてるだけでハッピー!毎日サイコーナイスゥ~!!

なぜなら大好きな人がこの世に生きててくれるから!

そんな大好きな人が日々増えていくから!!

こやまさんとアニメのはなし

正直なところ、こやまさんがアニメにはまってると言い出したとき、私は謎の上から目線みたいな気持ちになった。なんとなく私の中でこやまさんは(シンメのシゲちゃんとは対照的に)なにかに「はまる」という感覚が薄い人だという印象があったからだ。盆栽だとか、パンツを集めるだとか、その時々で「今これはまってんだよ~」と嬉しそうに話してくれるものはあるものの、それは時の流れと共にうつろうものだった。だからアニメの話をし始めたとき、なるほど~次はそこにきたかぁ、って少し笑ってしまった。そして勝手にせつなくなった。

 

生身の人と基本的に触れあわずにすむアニメという趣味は、アイドルとして安全な牌だ。特に今のこやまさんにとっては、最もリスクを回避できる話題として最適解なように思えた。ふわりふわりとそのときの流れで色々な趣味を経験していくこやまさんが今たどりついたのがアニメ、ということについて、そこにいかざるを得なかったのかなと感じてしまって、やっぱり賢いなあとかこれもまた彼を気に入らない人に打算的とか思われちゃうのかなとかぐちゃぐちゃ考えて勝手にせつなかった。多分私は、こやまさんが本当にアニメを楽しんでいる姿を想像できなかったのだ。元々二次元オタクだったから、こやまさんのような「オタク」と程遠い人が自分と同じ感覚でアニメを見ているとは信じがたかった。

 

私は「げんしけん」という漫画の咲ちゃんというキャラが大好きなのだけど、当初アニメを見るこやまさんに咲ちゃんを重ねていた。咲ちゃんはギャルで、ひょんなことからオタクだらけの部活に入ってしまうのだけど、オタクのことはわかんねーと言いながら、明るいギャルなのでオタクのこともちゃんと人として対等に見ていて、気が向いたら漫画も読んだりする。私にとってアニメの話をはじめたころの小山さんはそういう、明るくて気さくで優しいギャルに見えていた。地味な学生時代の私がひとり教室で漫画を読んでいたら「なに読んでんの?それおもしろいの?今度貸してよ」って茶髪でクラスの人気者の小山くんが話しかけてくれる、みたいな。それで本当に貸したらちゃんと読んで返してくれて「面白かった!おれ○○ってキャラがすきだったなー!またなんか貸してね!あんがとね!」て屈託なく笑ってくれる、みたいな。それで私はドキドキして次なに貸そうかな、なんてめちゃくちゃ準備しちゃうんだけど、結局次の機会は訪れないまま卒業してしまう。彼にとってその話題は一時のエッセンスでしかなかったのだから仕方ない……みたいなさ~~~! 

すげえ脱線したけど! まあつまりこやまさんの元々もっている柔軟さと、なんやかんや様々な思惑が重なって生まれた一時の趣味、それがアニメだったんじゃないかな、と思っていたわけだ。

 

でも昨日のKらじで、好きなアニメの原作漫画を読んだよ!と楽しそうに話すこやまさん、そしてその単行本の続きがジャンプで連載されていることを知らなくて心底びっくりしてるこやまさんの声を聞いたら、物事はもっとシンプルなんだなぁ……ってしみじみ感じた。あの声を聞く限りこやまさんは多分今まで本当に漫画やアニメというものに縁がなかったのだ。今まで全く触れてこなかった文化をのぞいてみたらとっても面白くて、色々見たくなって、お気に入りの作品ができて、誰かにそれを話したくて。その世界では常識とされてることも知らなくてびっくりして。

なんだ、私たちがよく知ってる感情そのままじゃないか。

私はこやまさんと同じ歳に初めてジャニーズの文化に触れた。知らないことばかりで(ライブDVDはTSUTAYAで借りられると思ってたよ!)、どのグループを見ても楽しくて、だけど特にお気に入りの人が、こやまさんが現れて。Twitterでダラダラ喋るようになって言いたりなくてブログも始めた。あのときの自分と、今の楽しそうなこやまさん、なにも変わらないなと気付いた。

 

私はオタクだから、すぐウダウダと「これがこうなことには何か理由があるんじゃないか」なんて考えてしまう。この人はこういうタイプだろうな、って他人のパーソナリティーを勝手に推測してしまう。こやまさんが特定の趣味を持たないのは、何に対してもフラットなのは、根本的に人間のことがあまり好きじゃないからなんだろうなと思っていた。自分とは真逆に思えるそういう(私の想像上の)部分が全然わからなくて興味深くて大好きだと思っていた。勿論こやまさんという人間を構成する部分にそのような特性もあるかもしれない。だけど物事はなんでもかんでも複雑で裏があるわけではなくて、案外シンプルなこともたくさんあるのだ。こやまさんは今までよく知らなかったアニメという世界を知った、それがいまとても楽しいらしい。ザッツライト。イッツオール。

 

できるだけ客観的にものを見たいな、といつでも私は考えているけれど、やっぱり自分の知識や思い込みで思考回路が狭くなることは多々ある。こやまさんは時々それをふんわり教えてくれる。

目で見て音を聴いて触れてその上で考える。考えすぎてるなって時は見えている事柄をシンプルに受け止めてみる。人と関わって生きていくというのは難しくて楽しいな~。こやまさん、いつもそういうことを思い出させてくれてありがとうね。

 

 

さいごに、メンバーの書いたこやまさんのいいところ。

総じて3人とも、ありのままのこやまさんを愛してるんだなと思わされる。

増田さんが私に「おまえ何もわかっちゃいねーな」って言ってる気がしました。こやまさんがピュア。シンプルな事柄すぎて、真っ直ぐ見られてなかったよ。参りました。これからもたくさん4人の色んな姿を見ていきたいな。できるだけ真っ直ぐに。

 

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祈りの記憶を記録する

通用口ギリギリまで寄せて停められたタクシーからはいくぶん離れた場所で、私たちはお行儀よく道路の端に寄り、静かに整列していた。言葉少なにファンの仲間とボソボソと言葉を交わしながら、ずっと通用口の扉を見つめて待っていた。

やがて扉が開き、彼らが出てくる。渋谷の、センター街の一番奥、という立地にそぐわないピンと張りつめた空気がその瞬間ゆらぐ。ゆらぐが物理的には誰も動かない。大きな歓声をあげる者もいない。ただ、各々の肺から震える二酸化炭素が一斉に漏れて、その呼気がゆらぎとなって渋谷の、センター街の一番奥の、無限大ホール前の道を包む。

彼らがそのホールに来るときは不思議なくらい雨が多かった。あの頃の景色を思い出すと私たちはいつも傘をさしている。傘をさして、出てきた彼らをただ見つめていると、ものの数秒で彼らを乗せたタクシーがゆっくりと走りだす。タクシーの窓の向こうで彼らが軽く会釈するのを目の端にとらえながら、私たちもまた、粛々と会釈をした。そうして、遠ざかる後ろ姿をしばらく眺めた。

あの頃の、あの風景は、まるで祈りのようだった。

 

最近、NEWSつながりで仲良くしてもらってるフォロワーさんが芸人にもハマって、無限大に行ったよ~出待ちの雰囲気がちょっとしんどかったよ、なんて話を聞かせてもらった。

無限大とは渋谷にある吉本興業の劇場である。色々な芸人が関わるが、まだブレイクする前の若手がしのぎを削る場所としての役割が主となる。「出待ち」なるものは基本的にどの劇場も禁止ではあるのだけれど、この無限大ホールは若手メインということで芸人本人が直接チケットを売ったりする場であるのに加え、一般客の出入口と芸人の通用口が同じ通りに面しているのもあって、芸人と直接話ができる文化が構築されている劇場だ。

私もかつてはここで何人かの芸人さんとお話したり、写真を撮って貰ったりした。が、自分が本当に追いかけていた人たちーーーロザンはーーー前述のようにファンと話をすることもなくタクシーで帰っていたので、私にとって無限大の「出待ち」とは、あの厳かな空気でただ黙ってお見送りをしていた風景なのだった。

 

ジャニーズからお笑いにハマった人は「距離が近い」と驚く。確かに無限大へ行けば若手の芸人さんは気さくに話をしてくれるし、ツーショットを撮ってくれるし、プレゼントも受け取ってくれる。だけどあの頃のロザンは既に若手ではなくベテランのポジションになりつつあったので、無限大ホールに来るのは若手芸人のライブを仕切るMCとしての役割の時だった。つまり出演芸人の中では別格、スペシャルゲストだ。それゆえタクシーが手配される。

ファン層に関しても、当時のロザンファンは若手芸人ファンと比べていくぶん歳をとっていた。直接しゃべりたい、などという欲は特になかった(あったとしても自制ができるだけの社会性を備えていた)し、なんなら既に別格としてタクシーが手配されているという事実を誇らしく感じていたかもしれない。なのでいくら出待ちができる会場と言えど、ただ静かに見守るスタイルだったのである。

 

夏の明け方の、高く高い空のように、ロザンという存在は、いくらファンをしていても、遠く遠い。

空を見て吸い込まれそうになってラリっちゃうみたいな心地になるように、彼らをみて呆然とその吸引力にひれ伏す。

無限大を出る彼らを、私たちは遠巻きに見つめるしかできない。息をひそめ、ちょっとでも「舞台を降りた」彼らを垣間見たくて、雨の中ただ立っている。
通用口から出てきた瞬間に、その場にいた全員が、声にならない声を飲み込む。
そっと宇治原さんに手紙を渡す者がいる。
皆はそれをただ見ている。非難するわけでもなく、我も我もと押し寄せるわけでもなく、ただ神聖なものを見るように。
誰かが「菅ちゃん!」と叫ぶ。

菅ちゃんが、にっこりわらった。


遠く遠くどこまでも遠い彼ら。(あら、チャゲアスの歌みたいになったわ)


だけど、そんな遠くの彼らの、あの笑顔が見られるだけで、
どうして
こんなにも幸せで涙すらでるんだろうね。

 

 

これは私が10年前に書いた日記からの引用だ。

そう、10年。私がロザンに出会ったのは2009年5月のことだった。

2009年5月14日にアメトークでロザンに出会い、頭の中を支配され、初めてそれをブログに書いたのは5月20日。それから1年半ほどは、ほぼ毎日ロザンのことをブログに綴っていた。

今はもうそのブログは消えてしまっているが、過去のアーカイブを引っ張り出して、ライブのレポだけでも残しておこう、と過去ログ倉庫を作ったのが2年前。当時のブログは29歳だった自分の青臭い考えや未熟な視点やめちゃくちゃだった日常も含まれているため、ライブレポ以外は残すつもりはなかった。

が、最近友達が無限大に行きはじめたこと、私自身も諸事情でまた劇場へ行く機会が増えたことで、10年前ロザンに落ちた時のことを思い出し、アーカイブを読むことが増えた。そうしたら、あの頃の景色や想いが文章として残っていることって物凄くありがたいのだなぁとしみじみ感じたのである。

アーカイブはいつ消えてしまうかわからない。それなら過去の日記まるごと、今のブログに移しておこうかなという気持ちに行き着いた。10年という節目だと気付いてしまったので。

 

というわけで、今まで数本のライブレポだけ残していたこちらの別館に、ロザンに関して書いた2009年5月からの日記を少しずつあげていくことにしました。

 

 

tounoin.hatenadiary.jp

 

改めて読むと若いなぁ、危ういなぁ、今だったらこんな表現しないなぁって文章も多くて(言うてこの時既にアラサーなのにな…)載せるの微妙なのもあるのだけど、まあその戒めとしても残しておこうかなと思うので、基本的に当時の文章を99%そのままコピペです。

 

とりあえず全てカテゴリーを付けたので、もしご覧になるロザンファンの方がいて「ライブレポだけ欲しいんじゃゴラァ」という方がいらしたら、カテゴリーから「トーク」や「向上委員会」を選んでください。日記の一部でだらだらロザンのこといってるのは全て「日記」、テレビ番組については「テレビ」と分けてあります。

 

ひとまず5月~の10日分くらいの日記と、2009年12月の営業レポだけ上げておきました。ライブレポ系はそれほど量がないので更新したら一応地味にツイートしますが、日記に関しては特に告知せず気が向いたときぬるっと増やしていくつもりです。

 

普通、過去の日記なんて燃やして捨てたい案件だよな。わざわざ残す労力を選ぶ自分。私が死んだら、この人楽しかったんだねって振りかえってもらえる材料になったらいいなーという気持ちもなくはないけど、つまり自分が自分のこと懐古したいというのが大半の目的です。だからついログも残してるしね。

 

 

さー、明日はNEWSに会いに行きます。どの気持ちも風景も、ずっと忘れないで残したいな。

 

 

性もなく正体も分からないなにか透明なもの

私が小山さんの担当を名乗るようになってから5回目の5月1日は、新天皇が即位し元号がかわるという歴史的な1日だった。ほんとうは他の小山担の皆様のように、誕生日のうちにポエムブログをしたためたかったのだけれど、当日は昼から夜中までずっとオタクと小山さん誕生日を(勝手に)祝っていて余裕がなかった。あ~~書けなかったわ、まあ明日やろう~~とか思っていたらいつの間にかGWも最終日である。夏休みの宿題を全て8月31日にやっていた30年前からひとつも進歩していない。

 

30年前、昭和が終わる頃。テレビでは歌番組がいくつも放送されいて、たくさんの「アイドル」が活躍していた。当時小学生だった私は、大多数の小学生と同じようにそれらの番組を楽しんで見ていて、明菜ちゃんのモノマネをして歌い、光GENJI男闘呼組のCDを買ってもらうごく普通の子供だった。今でも実家の押し入れの柱には、明星の付録に付いてきたC-C-Bやシブがき隊のシールが貼られたままになっている。

時代は平成へと移り代わり、昭和の頃に大好きだったアイドルはひとり、またひとりと「アイドル」としての活動を終えていった。私の一番好きだった男闘呼組も20代前半で結婚、そして活動休止をしたし、一世を風靡した光GENJIもまだ全員20代のうちに解散した。おそらく当時の多くの人にとって「アイドル」とは「そういうもの」だったと思う。10代のうちに華やかに歌って踊ってキャーキャー言われる活躍をし、そして20代で結婚や引退やはたまた俳優へ転向か、とにかく「アイドル」とは呼ばれないなにかになっていく。実際に数年前にテレビ出演していた、元光GENJIのあるメンバーはその解散理由のひとつとして「当時のアイドルは、20代後半になったら『それぞれの道に行く』みたいなスタイルがあった」と語っていた。

しかし平成の30年を経て、特にアイドル……少なくともジャニーズについては、その構図が変化した。偉大なるSMAPが生まれ、嵐が生まれ、活動はより多岐に渡るようになり、30歳を越えても多岐に渡る活動の一部でありベースである「アイドル」という役割が続いていくようになった。アイドルとしての彼らの努力、プライドは年齢を重ねてもなお、というより重ねれば重ねるほど更なる深みを伴って「アイドル」の魅力を増し続ける。こんなにいつまでもずっとキラキラしているのだからこれは永遠に続くかもしれない、と私たちは思ってしまうし、本当にいつまででもアイドルとしてそこに居てくれることもあるだろう。とはいえ、彼らがひとりの人間であり、自分の人生について考える時期がくるのは昭和の時代と変わらない。その時下す結論の幅が、今は広がっている。個々の想いがより尊重されるようになっている。と、個人的には感じている。あくまで、ここ数年の激動のアイドル界を緩く見ていた単なるイチ視聴者の感覚であるが。

 

小山さんは35歳になった。昭和の時代ならとっくに「アイドル」ではなくなっていた年齢だ。それでも彼はいまのところ、アイドルを続ける道を選んでいる。そして、アイドルとしての輝きを一昨年よりも去年よりも、おとといよりも昨日よりも、日々増していっている。

去年の小山さんの誕生日、私はこんなことを書いた。

 

小山さんにはもっともっとやりたいこと実現していって、もっともっともっと力をつけてもらって、もっともっともっと小山さんの大好きなNEWSが活躍して、もっともっと、も~~~~~~これでもか!! ってくらい幸せになってもらわなきゃ困る。

まだまだまだまだ、これからもたくさん小山さんを好きになる予定だから。

だからNEWSで、4人で、今日からの新しい1年もたくさん笑って、幸せでいてね。そしてまた新しい小山さんをどんどん見せてください。大好きなあなたが目指す場所に行けるように、私も「一切引かないし 一切負けない」で一緒に前へ歩きたい。

 

tounoin.hatenablog.com

 

小山さんの34歳は、そりゃあもう色々なことがあった。「たくさん笑って幸せでいてね」と願ったけれど、きっとたくさん泣いただろうし不幸せな気持ちで過ごした日も山ほどあっただろう。

だけど自分の文章を読み返してみて、あれ? 私が願ったこと、案外叶えられてるな? と思った。この1年間で小山さんは、もっともっと歌がうまくなったしもっともっと色気を増したし、新しい髪の色、新しい趣味、新しい表情、たくさんの進化した姿を見せてくれている。やつれたように見えて心配した日もあったけれど、味スタでの笑顔もカウコンでの笑顔も、小山さんが幸せって思ってくれてるのが風に乗って伝わってきた。勿論まだ道の途中だけど、小山さんが「目指す場所」へ歩いていっていること、私たちもそれに着いていってることを理屈ではなく実感している。

 

平成の終わり、私はずっと、アイドルってなんだろうと考えていた。

以前質問サイトのaskで「たくさんの人に愛されるアイドルがうらやましくて、劣等感を募らせてしまう」と相談を受けたことがある。それは私には全く無い感情だったのでとても興味深かったのを覚えている。私はどちらかというと、アイドルの光の部分よりも水面下の大変さへの畏怖が強い。とくにここしばらくは、何度も繰り返され途切れない悪意、NGTの痛ましい事件などもあって、アイドルという職業の人に同情に近い気持ちすら抱いていたように思う。自分が好きな人のことをかわいそうな人なんて思いたくない、のに。こんな目にあわなきゃいけないアイドルっていったいなんなんだろう、とどうしても考えてしまっていた。

 

だけどNEWSに密着した特番「RIDE ON TIME」で、「アイドルの仕事は楽しいか」と聞かれた小山さんは「それは好きですよ」と屈託の無い顔で即答していた。

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私はこれを聞いた瞬間、このシゲちゃんと同じような顔をしてしまった。様々な思いや感情がコンマの速さでザーっと去来して、でもうれしい、しみじみ愛しい。そんな気持ちを噛み締めた。

 

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だいぶ前に手越担の友人に「小山さんて本当にどうしようもなく『アイドル』だと思う」と言われたことを思い出す。一重だとか、普通っぽいとか言われるけど、コンサートで小山さん見ると「うわぁこの人どこからどうみてもアイドルになる人生しかなかった人だわ」って思うんだよね、と彼女は語っていた。私もなんとなくそう思う。多分アイドルではない仕事に就いても活躍しただろうしモテ散らかして今頃は家庭を持って、という人生を送っていただろうけれど、おそらく小山さんはアイドルが天職であり、そうならざるを得ない生まれ持ったなにかが無自覚にある人のような気がする。もしかしたらその天性のなにかが、「狂ってる」とここでシゲがいうなにかなのかもしれない。

狂ってる小山さんが、アイドルという職業に出会えたこと。酸いも甘いも経験し35歳になった今もなお、アイドルという職業を「好き」だと、「もちろん続ける」と答えること。

少なくとも小山さんにとってアイドルとはそれだけの価値や思いがある職業なのだ。と思ったら、一時期の同情に似たような気持ちなど吹き飛んでしまった。小山さんが狂ったままでなによりも輝ける環境にいることが嬉しくて仕方ない。私は狂ってる小山さんを、そして同じように狂ってるNEWSという人たちを、ずっと見ていたい。

 

 

「どうして小山さんの担当なんですか」「小山さんへの気持ちはどういうものですか」と聞かれたとき、私はいつもうまく答えられない。

アイドルとはなんだろう、という命題には答えがなくて、アイドルを好きな人が100人いたら100通りの感情があるだろう。自分の中の正解と違う感情を持つ人のことを蔑む人もいる(ゆえにアイドルオタクは争いが絶えない)が、正解はないのだ。

では私の小山さんへの気持ちは? と、何度も言語化しようとしてきたが、その度にふわふわと雲のように言葉が消えてしまう。

多かれ少なかれ、担当にある種の恋愛感情を抱いている人は多いと思う。担当に恋人ができても結婚しても祝福できるよ、という人でも「それでもちょっとだけうっすらしんどいよ、その気持ちは恋とかじゃないけどちょっぴりつらい気持ちはあるよ、なんでかわかんないけど」みたいな感情を持つ人は珍しくないのではないか。

私に関して言えば、小山さんに恋愛的な感情は1ミリたりともない。今まではそういう自覚もなかったが、いま私は別の分野でマジでリアルに人生初めての「ガチ恋」というものの真っ只中におり、それゆえ「あ、小山さんへの気持ちって本当にひとつも恋愛じゃないんだな」ということに気付いてしまった。(これは余談だけど気付きたくなかった。ガチ恋は本当に地獄。今までは他人事だと思って眺めてたジャニーズガチ恋の人たちの気持ちが痛いほどわかる)

そんなわけで小山さんには、小山さんが望むならどんどん恋愛してもらいたいし結婚もしてもらいたい、という感覚なのだが、それでは小山さんがどういうふうに「特別」なのかを説明するのが難しい。

 

小山さんへの気持ちを一言で表すと「抱きしめたい」かなぁ、とこれまで友人には言ってきた。なぜかわからないけれど、小山さんという人を知ったその日から私はずっと、小山さんがどれほど幸せそうにしていても、いや幸せそうにしていればしているほど、ぎゅっと抱きしめたいような気持ちでいた。母性ともまた少し違うような気がする、しかし性愛でもない感情で、「小山さんを包みたい」とぼんやり思っていた。

幸せでいてほしい、は、NEWSの4人に対しては全員に思っていてその感情に優劣はない。その上で、他の3人へ付随する感情はある程度言葉にできる。てごちゃんへ対しての気持ちは母性に近いし、シゲちゃんへ対しては友情に近いものと若干の恋愛感情、増田さんへは性的な感情。

だけど小山さんについて考えると途端に「無」になってしまう。小山さんへの感情だけがよくわからない。よくわからないので前述の通り「抱きしめたい」「包みたい」などと無理矢理言葉にするか、あるいはもう諦めて「魂が小山担だから」と答えていた。

 

だけど今回、(ガチ恋を知ったことで感情の整理をしたかったこともあって)ちょっと腰を据えて自分の小山さんへの気持ちと向き合ったら、相変わらず言葉はふわふわとゆらいでしまうけれどなぜか頭の中に一冊の漫画のタイトルが繰り返し繰り返し浮かんできたのである。

 

それは「トーマの心臓」という、少女漫画の名作ーーwikipediaによれば「人間の愛という普遍的かつ宗教的なテーマを描いた作品」とのことだけどーー私の人生において一番大切な漫画だった。幾度も繰り返し読んだこの漫画のあらゆるページが脳内でめくられていき、そしてある1シーンで止まった。

 

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ほんとうに どうしてきみでなければならないのか
ぼくにはわからないんだ

ぼくのさがしているものの なにが きみと重なるのか わからないんだ
でも きみとなら ずっと遠くまで 手をとって
歩いていけそうな気がする
源へ 


ぼくがトーマでも エーリクでも
ぼくの顔かたちが どんなでも 
なんのかわりも ないんじゃないだろうか

結局は ここにこうして ある思いが ユーリに向かってることが
一番 たいせつなことなのじゃ ないだろうか

だれも 見てないはずはない ユーリ
きみが だれも愛してないはずはない ユーリ
―― みんな きみを 愛しているのに――

 

私はたぶん、小山さんに「伝えたい」のだと思う。

小山さんのこと、みんなが愛してるよ。小山さんは、みんなを愛していいんだよ。ということを全力で伝えたいし小山さんに全身で感じてもらいたいのだと思う。そういう感情が「抱きしめたい」になったのだろう。

小山さんはそんなこと私が言わなくてもわかってるよ、ということは勿論理解している。小山さんの近くにいる家族や友人やメンバーがそんなことは当然伝えているし小山さんもその気持ちを受け取っているだろう。ファンの気持ちだってコンサートでの小山さんの笑顔を見れば伝わっているのはわかる。

それでも、どんなに小山さんが幸せだからわかってるよ、もういいよって言ったとしても、私はずっといつまでも伝えたい。なぜだかぜんぜんわからない。どうして小山さんなのかわからない。だけど私の思いは小山さんに向かって呼び掛け続ける。小山さんのことをわたしも、みんなも、たくさんたくさん愛してるよ! と。

 

 

小山さんの誕生日、小山さんのことを大好きなオタクたちで集まった。

シャンパンタワーをして、ケーキを食べて、小山さんおめでとうって何度も歌って笑った。本人不在のそんなお祝いをしたって、本人には届かない。だけどこうやって私たちが小山さんを大切に思ってる気持ちが、なにか見えないエネルギーみたいなものになって空に広がっていけばいいな、なんてスピリチュアルなことを考える。

 

今日のブログのタイトルは、「トーマの心臓」の冒頭に記されている、この作品の主題となるテーマを表す詩の一部。

「愛」は「性もなく正体もわからないなにか透明なもの」に向かって「投げ出される」とその詩には記されている。

ああ、これだなあ。私の小山さんへの気持ち。性もなく正体もわからないなにか透明なもの。

結局正体はわからないけど、これは確かに「愛」だな、ってことだけはわかるよ。

 

 

 

小山慶一郎さん、新しい時代の幕開けと共に訪れた、あなたの新しい1年。

あなたの35歳の1年間が、はちゃめちゃに愛し愛される日々でありますように。

それをあなたが、嫌になっちゃうくらい実感する日々でありますように。

私はこの透明な気持ちを空に向かって投げ続けます。

 

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激貧オタクの限界遠征記

金がない

 

今年初めて更新するブログの一行目からいきなり何言ってんだ、という感じであるが本当に、洒落にならないくらい、徹底的に、お金がない。

 

結婚してるしもうアラフォーなんだし15年以上働いてきてるんだから、金がない言うてそんなでもないでしょ~(笑)……とか言われることもあるのだが、多分間違いなくそのへんの高校生よりも厳しいお財布事情なのだ、情けない話であるが。結婚してるといっても我が家は完全に財布が別なのでほぼ独り暮らしと変わらないし、ついでに言うといま私はまたしても無職である。どのくらい無いのかなんて事は人様に細かく言うようなものではないので伏せるが、皆様が想像するより10倍はヤバいとだけお伝えしておく。

 

昨年1年間はNEWS担の私にとって史上最大に忙しい1年だった。なんてったってコンサートが年に3つもあった。EPCOTIAアリーナツアー、15周年、カウコンとEPCOTIAアンコール。夢のように幸せな日々はめまぐるしく過ぎていき、そして息をつく暇もなく今年のツアー、WORLDISTAが発表された。更に個人的な事情を付け足せば、昨年末からNEWSとは別の趣味にも奔走している状況である。

 

趣味が充実するということは、つまりお金がかかるということだ。

そんなこんなで自分史上最大にお金がないが、自分史上最大に趣味の予定がありまくる、という地獄のループ。

そして悲しいかな私は、金がない以上に、自制心がないオタクなのである。

 

自制心がないので、現場に行くのを諦めるという選択肢は存在しない。ツアーが発表された時は偏差値5くらいになるので「とりあえずもうしこんで、あたったらおかねのことはそのときかんがえよう」という気持ちで申し込み画面を開く。

とはいえさすがにわずかばかりの理性は持ち合わせていたので、WORLDISTAについては遠征1ヶ所、近場1ヶ所で1公演ずつ、計2回まで。と設定することにした。

 

今回はフォロワーさんと「小山担で4連しよう!」と事前に約束していた。4人とも関東に住んでいるので近場の埼玉公演かな~と考えていたが、倍率やそれぞれの予定などを鑑みて話し合った結果、仙台公演に行こうということになった。NEVERLAND以降息をしていない自分の名義をここにかける。

あとは友人に近場の埼玉を申し込んでもらう。ついでにダメ元で初日のエコパも申し込んでもらった。初日好きなので。当たったとしても両方はないだろうからどちらかに行ければいいか~という魂胆である。

 

さて、当落の結果。

 

結論から言うと、静岡・仙台・長野で1日ずつ3公演入ることに決まった。

あれれ~?おかしいなあ? オバチャン、遠征1近場1で2公演までとか言ってたよねぇ? 遠征3の3公演てどういうこと? オバチャンそんなお金あるの?

って脳内でコナンくんが話しかけてくる。わかってるよコナンくん、キミはいつも正しい。でもな、こちとら自制心のないオタクなんじゃよ。仙台以外落選して、そっかー埼玉行きたかったなぁまあ仕方ないか、とか思ってたらなぜか埼玉じゃなくて初日とオーラスの同行に誘われたんじゃよ……他の日程なら我慢したけど……初日とオーラス……行けるなら行きたいじゃろ……

 

……というわけでこれを書いている4月24日の時点では、静岡と仙台へ既にログイン済みである。オバチャンそんなお金あるの? と脳内コナンくんにバカにされたが、ブログを書いているということはなんとかなった、ということである。どうなんとかしたのか、以下に記録として残したい。

ちなみに自名義で当たった仙台の4連を振り込むお金がなくて同行者に代わりに振り込んで貰うところからスタートです。

 

 

静岡公演編

 もうこれは行くことが決まった時点で「普通列車で行こう」と考えていた。貧民には新幹線や特急に乗る資格は無いのである。幸い他の趣味であるJリーグ観戦で、エコパなら鈍行で行った経験はあった。その時は夫が一緒で彼が旅行行程をやりくりしてくれたので参考にしたくて夫に話しかけてみた。

「ねえ、前に鈍行でエコパ行ったときってどういうルートだったっけ?」

「あのときは青春18きっぷムーンライトながらっていう夜行快速で行ったけど、今ムーンライトながらの本数凄い減ったんじゃないかな」

青春18きっぷ!! それって特急乗れないけど普通列車なら1日乗り降り自由ってやつだよね!? いつでも買えるの!?」

「使える期間が決まってるんだよ。調べてみたら?」

 

ということで調べてみると、2019年春の青春18きっぷ利用可能期間は3月1日から4月10日だった。

静岡初日は3月9日、仙台は4月6日。どんぴしゃやんけ! ジーザス!

 

青春18きっぷとはなんぞや、という方に簡単に説明すると、JR全線の普通列車・快速列車が1日乗り放題×5日分で11850円の切符である。つまり、特急や新幹線など別料金がかかる列車は乗れないが、普通列車なら1日あたり2370円でどこまででも行けるのだ。私の住んでいる千葉からエコパや仙台までは、乗車券だけでも5、6000千円かかるのでかなりお得になる。

静岡往復、仙台往復で4日間18きっぷを使うことも考えたが、静岡に誘ってくれた友人も遠征費を節約したいと言っていたので彼女とシェアして静岡往復×2で4日分、残り1日分を仙台の行きか帰りどちらかで使うこととした。

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オタクは話が早いので18きっぷを打診してものの数分でホテルまで決まる

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ちなみにこの時点でチケット代は立て替えて貰うことでなんとかしている。友人は友人で、当日私が支払うチケット代は臨時収入でもなんでもないのに酒を飲もうとしているのでふたりとも酷い

 

コンサート数日前。カードの引き落としができなかったので早く振り込まないと使えなくなるよという葉書が届く。とりあえず振り込めないので見なかったことにする。

 

コンサート当日。エコパ最寄り駅までは5時間ほどで到着することがわかったので、グッズを買う時間も考えて15時前には着きたいよね~、ということで朝9時に出発。途中で化粧すればいいやと思ってスッピンで家を出たら、メイク道具一式を家に置いてきたことに気付き顔面蒼白。友人に何もかも借りることでどうにかすることになったが、友人もまた口紅を家に置いてきていた。

友「(携帯でなにやら調べる)東京駅にコスメ売ってるとこあるんでリップ買っていいっすか。○番出口のあたりにあるんで」

私「いいよー」

いざ東京駅について彼女が向かった先はシャネルだった。5000円のリップを買っている。

私「おま……節約するって18きっぷで移動してる女がシャネル……」

友「これはこのあとも使うんで! 必要経費なんで!」

私「……確かにNEWSに会うのに不本意なメイクで済ますわけにはいかない。必要経費だわ」

深く頷く私。まあ私が使ってるのキャンメイクだけど。

 

ところで我々がこんなやりとりをしている裏で、別のフォロワーは双眼鏡を家に忘れてきたといって、同じように東京駅で双眼鏡を買っていた。オタクの財布はガバガバである。あと東京駅ってなんでもあるんだな。

 

普通列車と言えど東海道線は長距離なのでボックス席があり、昼の空いている時間なら駅弁を食べてもまあ許される(と、個人的には思っている)ので東京駅で

推し弁当を買おうと思っていたが、大混雑で断念。結局途中の乗換駅で鯖寿司を買った。980円の出費。

オタクと話していれば5時間などあっという間で、難なく愛野駅に到着。

駅の外に出ると会場まで歩くNEWS担の波。目の前にはタクシー乗り場。行列もなく空いている。

私「……乗る? ダメな社会人だからすぐタクシー乗っちゃうんだけど私」

友「乗りましょう、ダメな社会人なので」

 

あれれ~? おかしいなあ、節約するんじゃなかったの~? と再び脳内コナンくんが煽ってくるが、ここは上り坂徒歩20分の労力をお金で買いたい、買わせてくれ。

タクシーに乗ろうとすると後ろからひとりの女性に「一緒に行ってもいいですか?」と声をかけられた。どうぞどうぞ是非是非!ということで、結局3人で割り勘して300円足らずで会場まで到着した。すぐにグッズ列に向かうとそれほど混雑しておらずまあまあスムーズに購入できたが、我々が並んだ10分後くらいから混み始めたのでやはりタクシーに乗ったのは正解であった。

ちなみにこの時点では最低限の装備(ペンラ、タオル、バッグ、小山うちわ)のみ購入。でもボディーシールがどうしても貼りたくてそれも買ってしまった。

 

 

公演後は急ぎ足で歩いて駅へ。愛野駅、さほど混雑もなく臨時列車も出ていて、思ったていたより1時間近く早く電車に乗れてしまって感動した。思えばStrawberryの時は……(おっと、また味○タの悪口言いそうになった危ない危ない)

 

22時半頃、宿をとっていた三島に到着。時間も遅いしお金もないし、ということでコンビニで酒とツマミを買って部屋で飲むことに。

外で飲むよりは安いから!といってまあまあ豪勢に買い物し支払いを済ますと、友人がなにやらレジでもたついている。

私「どうしたの?」

友「いや、なんかカードが使えなくて…… 朝の東京駅では使えたのに……」

原因がわからなかったので、私のカードたまにコンビニだと使えない時あるよ、相性の問題じゃない? などと適当に話ながら現金で支払いホテルへ向かう。

そうだ、カードで思い出した。私先月分の引き落とし出来てないんだった。そろそろカード止められてるかもしれない。

ホテル代はチェックイン時に前払いだったので、おそるおそるカードを渡すと無事使えて胸を撫で下ろした。

友「安心してる場合じゃありませんよ、いつ使えなくなるかわからないんだから明日電話してください。私も明日さっき使えなくなった理由確認するんで」

私の500倍くらいしっかりしている友人に釘を刺されて反省する。はいわかりました。

ホテルではダラダラと部屋飲みをし夜が更けていった。

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友人が眠そうなので気を遣って灯りを落として飲酒する私

 

翌日。チェックアウト後すぐに近くのさわやかハンバーグへ。

運よく1回転目で入れそうな整理番号を手に入れることができ、開店を待つ間友人はカード会社へ電話する。(私の方は時間外だかなんだかで電話できなかった)

私「どうだった?」

友「限度額だったみたいです……」

私「そうか………」

友「まあでも明後日引き落とし日なのでそれがすめばまた使えますし、分割で残ってるやつも含めて支払い能力はあるんで、私はそんなヤバい状況ではないです。ヤバいのは梓さんですよね……」

私「まあ肉食べようか……」

 

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お金がなくてもさわやかは美味しい

カードが限度額に達した女と、カードが引き落とせなかった女で、これからの生き方について話し合いながらハンバーグを食べた。敗因は収入がないことなので、千葉に戻ったら死ぬ気でバイトすることを決意。

 

その後、熱海で途中下車をして海を散歩して

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海で散歩、0円。

 

温泉入って化粧して、

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確か日帰り入浴1200円くらい

パワースポットでお参りして、酒難除のお守り買って、

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お守り600円

駅ビルでハッピーアワーのハイボール250円を飲んで、また普通列車に乗って帰路についたのだった。

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お守りがあればこわくない

 

交通費、宿泊費、食費全て込みでも15000円未満で終えた静岡遠征。派手に観光したり飲食したりはできなかったけど凄く充実していて本当に満足いくものとなった。ちなみに熱海から3時間半かけて帰ってそのままバイト行って朝まで働いた。というかこのあたりから仙台まで1ヶ月、死ぬ気で働くことになる。

 

 

仙台公演編

 エコパから1ヶ月。それはもうめちゃくちゃ働いた。超広い激安居酒屋で、毎日3万歩くらい歩いて愛想をふりまいて洗いものをしまくって朝まで働いた。が、その給料が振り込まれるのは4月末。仙台公演の時点ではまだ手元にお金が入らないのだ。

そして仙台公演前日、私は困り果てていた。

 

エコパから帰ってきて色々手続きをしたことでカードが止められるのは回避できたが、その際のちょっとした手違いで手元に残すはずだったお金がカード引き落としに使われてしまい、現金が3000円ほどしかない状態だった。

仙台での諸々の費用はカードで払うにしても、同行者に支払うチケット代8000円だけは絶対現金で用意しなくてはならない。

得意の錬金術(打ち上げで行った居酒屋で、自分がカードで払うことで現金を回収し捻出する)を発動させたかったが、予約していたお店はカード不可のお店だった。

やはり夫に頭を下げて5000円だけでも借りるしかないのか……と頭を抱えていたら、ふと部屋の隅に銀色の缶を見つけた。

 

こ、これは……!!

 

 

アルバムのリリース発表の時にTwitterで見かけて始めてみたWORLDISTA貯金と、夫への借金返済貯金の缶……!!

 

途中からすっかり忘れて放置していたけど少しは入ってるはず……!

中を見てみると、200円ずつしか貯めてなかったWORLDISTAはそれほどでもなかったが、取り立ての厳しかった夫への借金返済貯金の方はそれなりに入っており、合わせたら8000円近く集まった。ジーザス!!!!(2回目)

昔の私よくやったありがとう!!!!!

 

そうしてかき集めた500円玉でパンパンの財布を握りしめ、いざ仙台へと向かったのであった。今回も最初から限界っぷりを発揮してるぜ!

 

 

さて仙台は前述の通りフォロワーさんの小山担で4連することを決めており、行きは皆で一緒に新幹線で行きましょう~ということになっていた。青春18きっぷはあと1枚しかないし、帰りにちょっと途中下車して寄りたい場所もあったので復路に使うことにして、せっかくなので行きは皆と優雅に新幹線で行くことにしたのである。

ただこの4連も、はやぶさ(早い、指定席)かやまびこ(ちょっと時間かかる。自由席がある。その場合はやぶさとの差額は1100円くらい)どちらにしますか? と聞いたときの反応が↓だったので類友であることが伺える。

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ここでの通貨単位は「小山さんのうちわ」

そんなわけでちょっとだけ時間のかかるやまびこに乗ったが、飲みながら喋ってたら秒で仙台に着いた。ちなみに私は新幹線内に2本以上酒を持ち込みたいため、家から弁当用の保冷バックに保冷剤を入れたものを持参してました。酒を飲むことに対しての気合いが違う。

 

仙台に着いたらランチで牛タン食べたいねーと事前に言っていたが、当日ちょっとした事情でやや時間が押したため、駅で牛タン弁当を買って会場で食べることに。結果的にお店で食べるより節約になったのでオールオッケー。

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ツマミにするので米はなしの牛タンのみ。弁当よりちょっと安くて確か1000円しなかった

ところが、4連仲間がグッズに並ぶのに付き合って並んだところ、世にも奇妙な現象がおこる。

 

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なぜ筒を手にしているか理解できず呆然と苦笑いする私

 

全然節約してない。クレジットカードの列に並んだのがまずかった。現金なら買えなかったのに。これはまずい。正直今でもなぜポスターを買ったのかわからない。まだ開けてないし。「そこに顔のいいNEWSと小山さんがいたから」としか言いようがない。何を言ってるかわからねえと思うがry

 

まあとにもかくにも終演である。仙台公演経験済みの同行者の的確なナビにより、スムーズにシャトルバスに乗ることが出来た。予約していた飲み屋は仙台駅から2駅ほど先の店だったが歩けない距離ではなかったので、歩いて向かった。これも節約節約。

お店は私が今まで培った飲兵衛のカンで選んだのだが、飲み放題付きで2500円という軽い食事のコースがあり、食べ物の好き嫌いがある方もいたため足りない分をアラカルトで頼めばいいか、とその安いコースを予約していた。

……が、結果的に、軽いコースのはずがなかなかのボリュームがあったので追加注文する余裕なく、ひとり2500円ポッキリですんでしまった……。5、6杯酒飲んで肉も食べてるのに……。正直私のような人間は何に一番お金がかかるかって酒とツマミで、居酒屋なんて行ったらチェーンの安いお店ですら5000円以上払うことになるのがザラなので、一次会がこの値段ですんでしまったのは今回の遠征イチのラッキーだった気がする。

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安くて助かりました 色々食べてみたかったけど話しててそれどころじゃなかった

 

4連中2人は夜行バスに乗るとのことでここでお別れ。

限界遠征の私は、6時の始発の普通列車に乗るつもりだったのでホテルをとっていなかった。ひとりで朝まで飲むかカラオケかネカフェにでも行くかーと考えていた。ところがここで、他の店で飲んでいたフォロワーさんたちからお誘いが。どうせ朝まで時間を潰すつもりだったのでホイホイ参加する。近くにホテルを取ってた4連残りの1人も連れて合流。

一件めが2500円ですんで気が大きくなっていたので、ここから先は正直お金のことは考えていなかった。あんな思いして現金かき集めて仙台まで来たというのに! 自制心がないからすぐ忘れる!!

 

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なんやかんや12人のNEWS担があちらこちらから集まった

皆でスイートマティーニ頼んで、乾杯のタイミングでさくらガールが流れた(お店のご厚意でオタクの持参した音源流してくれてた)ので「さくら~♪」で乾杯して。楽しかったなー。ここいくら払ったかな。そんなに長居してないから多分2、3000円だったかな。

その後は朝まで付き合ってくれる酒飲みが2人残ってくれて、5時までやってる安居酒屋でひたすらハイボール。酔っぱらったわけでも記憶なくしたわけでもないけど、マジでお会計がいくらだったか覚えてない。まあここも2、3000円だったんじゃね?

オタクの財布はガバガバだけど、酒飲みの財布もガバガバ。

だから私なんてガバガバの二乗ですよ、ガバガバガバナンスですよ。

 

そうして翌朝、無事に6時の始発電車に乗り込んで爆睡した。目が覚めたら郡山だった。青春18きっぷ最後の1枚を使って、乗り継いで乗り継いで。途中で電車の大幅な遅延に巻き込まれたりしつつ、仙台を出てから8時間以上かかって14時過ぎに大宮に到着し途中下車。一駅移動して、おふろカフェというところで急いで入浴と身支度。時間もタイトでさすがに疲れはてていたが最大限の化粧で顔を盛って、大宮の劇場へ行き好きな人に会う。更にその後、新宿で途中下車して所用を済ませ、ようやく千葉の我が家へ。……が、これで終わりではなく、1時間ほど仮眠してまた18きっぷを使って隣駅まで行き、夜0時からのバイトへ向かったのであった。

 

翌朝6時、バイトを終えて電車に乗ろうとして、そうか、もう日付が変わったから青春18きっぷは使えないんだ。とふと思って、なんだか切ないような、清々しいような気持ちになった。

 

もういい年なんだから、本当はこういうことは色々自重するべきなのかもしれない。いま自重して、ちゃんとお金を貯めて、いつかお財布状況が改善してから、年相応のきちんとしたゆとりのある遠征をするべきなのかもしれない。

それでも、身を削ってバイトしてヘトヘトになりながら、何時間も電車に乗ってNEWSに会いに行った気持ち。NEWSに会えたときの高揚感。オタクと車窓を眺めながら、海が見えるね、そうだね、海は繋がってるからここも実質千葉だわ近い近い、なんて軽口を叩いて笑っていた風景。遠く仙台にいるのにしょっちゅう会ってる人たちが次々現れた楽しさ。やっぱり全部大切な記憶になったし、結局その後どれだけ大変になっても「行かなきゃよかった」って後悔したことは一度もなくて。自制心もお金もなくてダメダメな私が唯一誇れることは、そういう宝物みたいな楽しい日をたくさん過ごせてることなのかなと思う。

 

今回もまた、人生の宝物が増えてしまったなぁ。

これからも、破産しない程度に、限界オタクとしてやっていきますわ。

……いやうそうそ、好きで限界オタクしてるんじゃないから!! 心の底から脱したいから!! 求む石油王!!

 

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戦友

 

おわり

 

 

 

 

ちなみに長野は宿も交通手段もノープランです